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クロアチア、スロベニア、ボスニア、モンテネグロ旅行エリアガイド

内戦から復興した美しき山の国へ☆ボスニア=ヘルツェゴビナとクロアチア2国周遊旅行

内戦前のモスタルの写真。
ボスニア・ヘルツェゴヴィナ旅行にてサラエボの写真。ボスニア・ヘルツェゴヴィナ サラエボ[内戦前]

ボスニア=ヘルツェゴビナといえば、まだまだ政治的に不安定な国というイメージがするかもしれないが、独立戦争から民族紛争となった内戦も落ち着いた。復興が進み平和が戻った現在は、旅行もしやすくなってきた。クロアチアのドブロブニクやザグレブから飛行機やバスの便があり、アクセスもしやすい。美しいだけではない旧ユーゴスラビアの姿を見る旅としてボスニアはオススメの場所だ。

ボスニアの首都サラエボは、多くの民族が共存する多文化都市。歴史も古く、繁栄と戦争による破壊をくり返し体験してきた。イスラムとキリスト東方正教、カトリックの混在する町並みが今も残る。内戦後の復興が進み、元の町並みを取り戻してきたが、現在も民族による住み分けが続いていたり、爆撃の跡が残る建物が市内にあったりと、戦禍の跡は生々しく残っている。サラエボの旧市街は歴史的な見どころが多いが、夜間などはむやみに歩き回らないようにしよう。

もうひとつのボスニアの見どころはオリエントな雰囲気の残る世界遺産の町モスタル。オスマントルコ時代の橋がこの町のシンボルだったが、内戦で破壊されてしまった。現在は復元された橋が新しく架かり自由に行き来できるようになった。しかし、この橋によってムスリム人とクロアチア人の支配地区が分けられていて、対立は根深く残っている、現在はその対立も落ち着きつつあり、町はおだやかな空気を取り戻している。

ボスニア・ヘルツェゴヴィナ

ボスニア・ヘルツェゴヴィナ旅行にて首都サラエボの写真。ボスニア・ヘルツェゴヴィナ 首都サラエボ[内戦前]

サラエボ
ボスニア=ヘルツェゴビナの首都サラエボは、町中に多種多様な文化が混在する町。「ヨーロッパで唯一の東西文化の混合地帯」といわれる旧ユーゴスラビアの都市の中でも、オスマントルコ時代の面影が色濃く残っている町だ。バシチャルシャと呼ばれる旧市街の中心地区は、オリエントな雰囲気たっぷりの職人街。ヨーロッパの町並みの中にモスクのドームやミナレット(尖塔)が建ち、トルコ風の音楽やアザーンが聞こえてくる。その近くにはセルビア正教会が建っていたりして、ここはヨーロッパなのか中東なのか、町を散策しているだけで飽きることなく楽しめる。

サラエボは戦いの歴史の町でもある。市内には第一次大戦の引き金となったサラエボ事件の起きたラティンスキー橋や、旧ユーゴスラビアの内戦時の爆撃の跡が生々しく残る建物や犠牲者の墓地となっているサラエボ冬季オリンピック施設などが見られる。復興が進み、町の治安も安定していたが、また郊外には地雷の撤去が完了していない地区や治安の良くない場所もあるので、トラブルに巻き込まれないよう注意しよう。

ボスニア・ヘルツェゴヴィナ旅行にてモスタルのオスマントルコ時代の橋の写真。ボスニア・ヘルツェゴヴィナ モスタルのオスマントルコ時代の橋。残念ながら内戦で破壊された。

モスタル
山間の渓谷にあるモスタルの町の真ん中には川が流れ1本の石橋が架かっている。この石橋の両岸に、モスタルの町は築かれ発展してきた。もともとは木の吊り橋が架かり、オスマントルコ時代に石橋に作り替えられ、当時はモスタルの人々は自由にこの石橋を行き来していた。しかし、1993年のボスニア内戦に置いて石橋は破壊され、今まで調和してきた人々はそれぞれの信じる宗教によって対立するようになった。この橋の両岸にクロアチア人とムスリム人が分かれ、戦い、内戦は大きな傷跡を残してようやく1995年に集結した。モスタルのシンボルである石橋はユネスコをはじめとする援助を受けて再建され、2004年に再び両岸を行き来できるようになった。イスラムのモスクとカトリック教会など異なる宗教の建物が混在するモスタルの旧市街の町並みと石橋は、その歴史と調和のシンボルとして世界遺産になっている。

現在は民族の対立も落ち着き、町はおだやかな空気を取り戻しているが、夜間や人気のない場所を歩くのは避けた方がよい。モスタルへは、サラエボからもクロアチアのドブロブニクからも日帰りで行ける。カトリック世界とは異なる情緒のあるオリエントな雰囲気を味わえるオススメの町だ。

クロアチア

クロアチア旅行にてドブロブニク旧市街の写真。クロアチア ドブロブニク旧市街

ドブロブニク
「アドリア海の真珠」という言葉がぴったりはまる小さな港町ドブロブニクは、世界遺産にもなっているクロアチアきっての観光地。15~16世紀には、ベネチアと並ぶ貿易都市だったドブロブニクの旧市街は、要塞のようにアドリア海に浮かんでいる。クロアチアの独立戦争では、ドブロブニクの旧市街もかなり破壊され一時は廃墟となってしまったが、修復も終わりほぼ元通りの美しい姿を取り戻している。

ドブロブニクは町そのものを楽しむ町。いろいろな場所でさまざまな角度から異なった時間に、旧市街を眺めてみよう。城壁に囲まれオレンジ色の屋根が連なる旧市街の町並みは中世の面影がそのまま残っていて、城壁に上ったり路地を散策するだけでまるで中世にタイムスリップしたような気分になれるだろう。旧市街の背後にそびえるスルジ山からは旧市街とアドリア海が広く見渡せる絶景スポット。

また、ドブロブニクをはじめとしたアドリア海沿岸の町ではおいしいシーフードが豊富。イタリア料理に近い味で日本人の味覚にも合うので、新鮮な魚介類をぜひ味わってみよう。

クロアチア旅行にてスプリットのディオクレティアヌス宮殿の写真。クロアチア スプリットのディオクレティアヌス宮殿は世界遺産に指定されている

スプリット
アドリア海沿の最大都市であるスプリットは、古代ローマ遺跡の残る世界遺産の町。スプリットの旧市街には、古代ローマ皇帝ディオクレティアヌスの建てた宮殿が残っている。その後、荒廃した宮殿の城壁内に人々の住居が造られ、現在でも遺跡と住居がつながった建物が並んでいる。付近には中世のゴシック、ロマネスク、ルネサンス様式の建物が残っていて、不思議な情緒を生み出している。古代と中世、近代が混然一体となっている不思議な雰囲気のする町なのだ。クロアチア独立戦争時に多くの建物はかなりのダメージを受けたが、修復作業が続けられていて、これらの宮殿をはじめとする旧市街の史跡は世界遺産になっている。

クロアチア旅行にてトロギルの写真。クロアチア トロギル

トロギル
スプリットの西25kmくらいの所にある美しい中世都市トロギル。世界遺産も指定されている古い町並みが残る旧市街には小さな島になっている。町全体が城壁で囲まれていて、今でも本土とつながっているのは1本の橋のみ。トロギルの歴史は古く、紀元前2~3世紀にギリシア人が造った植民都市で、その後ローマ人の都市となった。中世にはダルマチア地方の中心地として栄え、現在見られる町並みはこの時代のものが多い。トロギルのシンボルである聖ロブロ大聖堂をはじめとして旧市街の見どころは多い。海沿いのプロムナードは夏になるとカフェテラスのパラソルが並び、とても開放的な雰囲気。アドリア海沿岸の町独特の中世の町の趣に浸りながら、路地を散策するだけでも楽しい町だ。

クロアチア旅行にてザグレブの写真。クロアチア 首都ザグレブはあいにくの雨だった

ザグレブ
クロアチアの首都ザグレブは、緑に囲まれた美しい古都。バロック様式やゴシック様式の重厚な建物が並んぶ町並みは、日本人のイメージする「ヨーロッパ」に近く、今でも中世から続く芸術や文化の香りを感じることができる。

ザグレブの町は、丘の上に広がる旧市街と駅周辺の新市街に分かれていて、ちょうど間にある町の中心となるのが共和国広場だ。この広場はザグレブ発祥の地であり、今でもつくられた17世紀当時の泉の跡が残っている。旧市街の見どころは聖ステファン大聖堂や聖マルコ教会。さほど広くないので半日あれば見てまわれるだろう。ザグレブ市内には緑や花がいっぱいの公園が多くあるので、美しい町並みを眺めながら町歩きを楽しもう。

プリトヴィッツェ国立公園
ザグレブとスプリットのちょうど中間くらいの山の中に位置するプリトビッツェ湖群国立公園。ユネスコの世界遺産にも登録されている世界的にも貴重な景観の誇る湖群公園だ。大小16の湖には92本の滝が流れていて、周囲の緑と重なって芸術的な姿を見せている。クロアチア独立の際の内戦で荒らされ、一時は危機遺産となり緊急の保護措置がとられたほどのダメージを受けたが、その甲斐あって現在は神秘的で幻想的な景観を取り戻した。湖の色は深いエメラルドグリーンで、段々畑のように湖が重なって滝で結ばれている様子には思わずため息が出でしまう。湖一帯はカルスト地形のため、水は石灰岩層によって浄化されて驚くほどの透明度。この水の作り出す自然の芸術は、中国の九寨溝と比較され、さながらヨーロッパの九寨溝といったところ。